仙台フレンチシェフのブログ。日本のフランス料理史、80年代編。

2020/08/25 ブログ

◎仙台フレンチシェフのブログ

仙台駅から東北大学の片平キャンパス方面(西南方向)に向かって徒歩17分。

 

仙台市地下鉄東西線「青葉通り一番町駅」から仙台高等裁判所方面(南西方向)に向かって徒歩6分。

 

 

裏一番町、五橋通り沿い。

光原社さんの向かい側、フランス国旗のある1階のフレンチのビストロ。

 

フランス家庭料理とワイン

【ラ・フルール・ド・スリジエ 】

オーナーシェフの佐藤ふみひと

です。

 

 

今日も皆様のお役に立てる様に、精一杯やって参ります。

 

この出会いが、とても価値のある有意義な出会い、と感じていただけましたら幸いです。

 

ぜひ最後までお付き合い下さいませ。

本日も日本における西洋料理、フランス料理の歴史を、皆様と一緒に紐解いて参りたいと思います。

初めてこのブログをご覧になった方は、ぜひ遡ってブログをお読み頂ければ、物語りの流れが分かるかと思いますので、よろしくお願い致します。

 

1980年代、フランスで修業をしてきた若き料理人たちが、最新のフランス料理を吸収して、続々と日本に戻って来ます。

そしてホテルに街場にと、それぞれの道で最高の舞台を求めていきます。

1980年代半ばにはまさにバブルの狂騒時代を迎え、それと共にレストランも沸いていた時代でした。

そしてこれまでの「裏方」としてのイメージのあった料理人が、その立場を覆えす、スターシェフたちが誕生しました。

フランスのヌーベルキュイジーヌから少し遅れて、日本の西洋料理の新時代が、いよいよまくを開けたのでした。

 

まずこの時代に、まさしくセンセーショナルに登場したスターシェフの1人が「オテル・ドゥ・ミクニ」オーナーシェフの『三國清三』氏でした。

 

女性誌「モア」の1987年2月号で三國清三シェフの特集が組まれました。

6ページに及ぶ特集で、写真は料理カメラマンでは無くファッションカメラマンが担当しました。

初めの見開きページこそは厨房での白いコックコート姿でしたが、次のページでは紫のネクタイを締めてタキシードを纏い、ワインボトルを手に、カメラ目線で写る三國シェフがいます。その姿はさしずめホストの様ないでたちで写っていました。

まさに今まで裏方にいた料理人が、表舞台に立ち始める先駆けでした。

 

1970〜1980年代、『オー・ミラドー勝又登』、『クィーン・アリス石鍋裕』『シェ・イノ井上旭』『東京ドームホテル鎌田昭男』『オテル・ドゥ・ミクニ三國清三』とフランスで修業をしてきた若きシェフ達の帰国が始まり、日本のフランス料理界に新しい風が吹き始めた時代でした。

その風は巷にもそよぎ始め、世間の見方をファッションという視点で捉える女性誌にも、フランス料理は充分に対象となる存在になっていたのです。

この時代は、一部のお金持ちの人達の間でしか味わえない、高級料理と思われていたフランス料理が、若い女性達にも広まりを見せた、真のフランス料理元年となりました。

 

〈オテル・ドゥ・ミクニ三國清三 略歴〉

1946年……北海道生まれ

1969年……札幌グランドホテルで料理人のキャリアをスタートさせる。

1972年……村上信男シェフを訪ねて帝国ホテルで修業を始める。

1974年……スイス・ジュネーブの日本大使館の料理長に推薦され海外へ。大使館勤務の傍ら、ローザンヌにあるフレディ・ジラルデの「ジラルデ」で働く。その後は「トロワグロ」「オーベルジュ・ド・リル」「ロアジス」「アラン・シャペル」で修業する。

1982年……帰国し、東京市ヶ谷の「サカナザ」で働く。

1985年……オーナーシェフとして「オテル・ドゥ・ミクニ」をオープン。

 

三國清三は日夜、鍋磨きに励んだ10代の頃をこのように話しています。

「当時の帝国ホテルの厨房は、ライバルが500人。その中で生き残るのに必死だった。」

三國清三シェフが20歳の時、当時の料理長「村上信男」シェフの推薦を受けて、ヨーロッパに渡ります。そしてスイスとフランスでの料理修業が始まります。

「10年経ったら必ず君たちの時代が来る。それまでは出来る限り勉強し、技術を磨く事。」と村上信男シェフに言われてそれを守った。

以後8年後に帰国するまでは、天才と言われるシェフ達の元で修業を積みます。

そして帰国した2年後には、東京四ツ谷の住宅街の一角にオテルドゥミクニを開業します。村上信男シェフの言葉を胸に、30歳でお店を出すと決めていたからです。

「当時は物凄くトンガっていたから、料理もどうだ、コレは食べた事が無いだろう、と挑戦的だった」

瞬く間に評判に成りますが、同時に斬新な料理が、評論家からバッシングを受けます。

「ずいぶん悔しい思いもしました。今思えばちょっと先を行き過ぎていたんでしょうね」

やがて国内よりも先に海外が三國シェフの料理を認め始め、日本にその評判が逆輸入される形になりました。

さらに40代に入ると、自分のスタイルを大きく変えるキッカケを得ます。

京都の日本料理屋を訪ねた際に、和食の世界に学び直す事が沢山あったそうです。料理、サービス、空間、居心地など、あらゆる事がヒントになりました。

「シェフ自身がレストランの"ブランド"であり続けるには、変化や進化が重要だから僕にとっては嬉しい転換期でした」

三國シェフは、自らのフランス料理を『自然派創作三國料理』と銘打っています。

三國シェフの料理は、いかにも《フレンチ》では有りません。

和の食材や調味料はもちろんのこと、聞いたことも無い面白い食材もどんどん取り入れます。

「メニューを考える時間は、時に楽しく、時に苦しい。料理人って新しいネタを探しながら、生涯修業を続ける落語家みたいだなぁ、と思うんです」

このようにして、三國清三という強烈な個性を持ったシェフが、後の若い料理人達にも、多大なる影響を与えていくのでした。

 

以上、本日はここまでです!

最後までお読みいただきありがとうございました(^ ^)

ではまた!

 

 

次回もまた、ラフルールドスリジエ のブログでお会いいたしましょう!(o^^o)

 

Au voir (オー ヴォワール)

À bientôt (ア ビアント )

 

 

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仙台でフレンチと言えばラフルールドスリジエ

 

【La  fleur de cerisierラフルールドスリジエ】

とはフランス語で『桜の花』を意味します。

 

桜の花のようにこの街に根付き、皆様から愛されるお店に成れるようにとの想いを込めました。

 

貴方さまのお役に立てるお店に成れれば幸いです。

 

 

ラ・フルール・ド・スリジエ 

仙台市青葉区一番町1丁目15-20

薗田ビル1階

TEL 022-724-7448

ご予約担当

佐藤ふみひと