仙台で学ぶフランス料理の歴史。明治のグルメ!

2020/08/16 ブログ

 

 

 

◎仙台フレンチシェフのブログ

仙台駅から東北大学の片平キャンパス方面(西南方向)に向かって徒歩17分。

 

仙台市地下鉄東西線「青葉通り一番町駅」から仙台高等裁判所方面(南西方向)に向かって徒歩6分。

 

 

裏一番町、五橋通り沿い。

光原社さんの向かい側、フランス国旗のある1階のフレンチのビストロ。

 

フランス家庭料理とワイン

【ラ・フルール・ド・スリジエ 】

オーナーシェフの佐藤ふみひと

です。

 

 

今日もあなた様のお役に立てる様に、精一杯やって参ります。

 

この出会いが、とても価値のある有意義な出会い、と感じていただけましたら幸いです。

 

ぜひ最後までお付き合い下さいませ。

 

本日も日本における西洋料理、フランス料理の歴史を、皆様と一緒に紐解いて参りたいと思います。

初めてこのブログをご覧になった方は、ぜひ遡ってブログをお読み頂ければ、物語りの流れが分かるかと思いますので、よろしくお願い致します。(^^)

 

 

贅を尽くした延遼館(えんりょうかん)のフランス料理。

当時、料理のお値段はどのくらいだったのでしょうか?

記録によりますと、晩餐の料理代金は飲み物は別にして、1人3円50銭となっています。これが高いのでしょうか?安いのでしょうか?

別の記録を見てみると、面白い記事が有ります。この当時のお蕎麦屋さん達が、掛け蕎麦や盛り蕎麦の値段を、1銭2厘から1銭5厘へと値上げをしようと相談をし、結局は据え置きにするお店が多かったとあります。

現代で見ると、掛け蕎麦の値段は一杯300円〜400円前後だと思いますので、明治初期の頃の一円の価格は、今の3万円相当くらいの価値だと思われます。

つまりこの当時の料理代は今でいう10万円以上の値段がしたという事ですね。

今の時代でも、飲み物を含めない料理代だけで、これだけするとなると、当時としては相当な超高級料理であった事は間違いないです。

もっとも、明治時代の西洋料理は全般的にも高かったです。

明治10年に神田橋外にあった洋食屋「三河屋」が広告で打ち出していた金額が、コース料理の並で30銭(現代の9,000円相当)、上のコースで75銭(現代の22,000円相当)と表記されています。

アラカルト料理(一品料理)では、スープが8銭5厘(2550円相当)、牛肉、鳥類の料理でも8銭5厘で、サラダが5厘、などなどでした。

まぁ庶民としては中々気軽に食べられる金額では有りませんでした。

またお値段だけでは無い、それ以前に大きな壁がありました。

 

日本では家族が1つの食卓を囲んで食べる為の「ちゃぶ台」が普及したのが大正時代に入ってからでした。

それまでは、食事はそれぞれ1人1人割り当てられた、お膳に盛って食べるのが常識でしたので、それを皆で1つの食卓(テーブル)を囲んで食事をする事自体が驚きでした。

おまけにそこには、銀の包丁(ナイフ)と肉刺し(フォーク)、匙(スプーン)までもが並んでいるのです。

この当時の様子を、絵入りの雑誌として明治時代に広く親しまれた「風俗画法」では以下の様に記されています。

【矛(フォーク)は三股にして尖り有り、象牙の柄(持ち手)を着く。コレを以て器中の肉を刺しとどめ、ハアカ(ナイフ)を操りて切り裂き、コレを匙に救い取って食ふなり】

とあります。食べ方に少々戸惑った様な、ヨソヨソしい感じが伝わりますね。

それでも一応ナイフとフォークの使い方を覚えたとします。同じ年に出版された料理書「実用料理法」はもう少し上級者向けで、洋食の心得を説いています。

一つ、魚類の如き柔らかなる物は肉刺しにて食らふべし。

一つ、白身の包丁にて牛乳油(バター)を取ること無かれ。

一つ、食物の口中にある時は談話すべからず。

一つ、パン又は果物のたった一つ残りたるを取り食らうこと無かれ。

一つ、残骨をねぶり残がいをすすりなどして食らふこと無かれ。

と有り、具体的な食べ方からマナーに至る部分までを記して有ります。

他にも一つの物をむさぼり食うな、食卓上の果物を持ち帰ってはいけない、浮かれてナイフやフォークを振り回していけないなど、24項目に渡って「べからず集」が続いています。

 

当時、大金を払っての外食となれば、大いに食べ、かつ飲み、歌い踊るなどの無礼講へ至るのは、当たり前の事でした。

帰りにはお土産として食べ物を持ち帰るのも楽しみの一つでした。

江戸時代末期に黒船と共に来航したペリーとそのお付きのパリ仕込みの料理長は、船に招待した日本人達が、たらふくご馳走になった後に、食卓に残った料理を着物の袂(たもと)に入れて持ち帰ったことに驚いたと言います。ですがこの習慣は、日本の供応(きょうおう:酒食を伴い、もてなす事)に対しての儀礼の一つでした。

なのでこの「べからず集」に書かれている内容の多くは、当時の日本人からすれば理解を超える内容だったに違いないでしょう。

 

一方で金持ち階級の人々は、いち早く外国のマナーを学んでいました。

当時、精養軒ではマナー教室がたびたび行われていました。宮中の女官や政府高官夫人など、こぞって参加しました。

 

かくして延遼館(えんりょうかん)の夜会で見られる様に、フランス料理をマナーに則って愉しむセレブもいれば、食卓に着く以前に戸惑いを覚えた庶民もいたのです。

その格差は盛り蕎麦の「1銭2厘」と晩餐会の「3円50銭」の代金の違いに現れています。この差はこの時代にあって、想像以上の開きがあったのです。

しかしその格差は、それだけこの「明治」という激動の時代の日本のフランス料理が、急速に進歩を遂げた証と言えます。

進歩が急速で有れば有るほど、その格差は大きくなって行く物なのですから。

 

 

以上、本日も沢山の方にお読みいただきありがとうございます!

激動の時代に発展を続ける日本のフランス料理。

その歴史はまだまだ続きます!(^^)

それではまた、明日!

 

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担当

佐藤ふみひと

٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

 

次回もまた、ラフルールドスリジエ のブログでお会いいたしましょう!(o^^o)

 

Au voir (オー ヴォワール)

À bientôt (ア ビアント )

 

 

 

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仙台でフレンチと言えばラフルールドスリジエ

 

【La  fleur de cerisierラフルールドスリジエ】

とはフランス語で『桜の花』を意味します。

 

桜の花のようにこの街に根付き、皆様から愛されるお店に成れるようにとの想いを込めました。

 

貴方さまのお役に立てるお店に成れれば幸いです。

 

 

ラ・フルール・ド・スリジエ 

仙台市青葉区一番町1丁目15-20

薗田ビル1階

TEL 022-724-7448

ご予約担当

佐藤ふみひと